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札幌高等裁判所 昭和27年(う)509号 判決

控訴人 被告人 第一食品合資会社 外一名

弁護人 岩沢惣一 外一名

検察官 金井友正関与

主文

原判決を破棄する。

本件を旭川地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人岩沢惣一同高橋岩男の控訴趣意は各提出の控訴趣意書記載の通りであるから、ここにこれを引用する。

弁護人岩沢惣一の控訴趣意第一点(法令の適用の誤)について。

原判決は、罪となるべき事実を、被告人会社は物品税法第一条に定める嗜好飲料及び清涼飲料の製造を業とするものであり、被告人島田は代表社員として、同会社の業務執行の任にあたつていたものなる処被告人島田は同会社の物品税課税標準申告書を所轄旭川税務署に提出するに当り原判決別表記載の通り。

第一、昭和二十六年四、五月分嗜好飲料シロツプの移出価格が百七十三万二千四百六十円で課税標準価格百四十四万三千七百十六円あるのに、十九万七千八百七円と偽つて記載し同年六月十二日

第二、同年六月分右移出価格が三十六万千十六円で課税標準価格が三十万八百四十六円あるのに五万四千四百九十八円と偽つて記載し同年七月九日

いずれも、これを提出し申告の翌月末に納付すべきにこれを納付しないで以て物品税二十九万八千三百五十四円を逋脱したものである。と認定し、物品税法第十八条第二十一条第二十二条に該当するものとして処断していることは、所論の通りである。

ところで、物品税法第十八条第一項第二号は、詐偽其の他不正の行為を以て物品税を逋脱し又は其の逋脱を図りたる者を処罰の対象としているものであり、同法第十九条は物品税を詐偽その他不正行為により免れ又は免れようとした場合でなく、他の目的を以て虚偽の申告をしたような場合に適用されるものであるところ原判決は単に「偽つて」と判示しているので、物品税法第十八条に該当するのか又は同法第十九条に該当するものか判文上明かでないのである。恐らく原判決は詐偽又は不正の行為を以て物品税を逋脱したものとして、物品税法第十八条を適用したものと思われる。そうだとするとどのような詐偽又は不正行為により物品税を逋脱したかを判示しなくてはならないのである。然るに原判決はこれを看過して漫然「偽つて」とのみ判断しているのであつて、原判決には理由のくいちがいがあるものといわなくてはならないので原判決は破棄を免れない。所論にいわゆる法令の適用の誤には該当しないが此点において論旨は理由がある。

そこで、その他の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第四号により原判決を破棄し同法第四百条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 藤田和夫 判事 成智寿朗 判事 臼居直道)

弁護人高橋岩男の控訴趣意

控訴の趣旨

原判決を取消し、更に相当の裁判を求める。

控訴の理由

一、原判決は採証の法則に違反した違法があるから破毀を免れない。

即ち被告人等の本件所為は間接国税犯則取締法の規定に依り告発を必要とするものなる処原判決は証拠として告発のなされたことを遺脱してあるので採証の法則に違反したものと言わねばならぬ、果して然らば可罰条件たる告発を欠除し破毀を免れない。

二、原判決は法律の解釈を誤解した違法があるから破毀を免れない。

即ち原判決が認定した事実摘示の要旨は被告人会社は物品税法に定める嗜好飲料及清涼飲料の製造業者で、被告人島田は会社の代表社員として業務執行社員である処被告人島田は物品税の申告に当り(イ)昭和二十六年四、五月分に付き、(ロ)同年六月分に付き、夫々虚偽の申告を為し、右(ロ)に付てはその納期たる同年八月三十一日に之が納付をしなかつたと云うのである。然し乍ら物品税法第十八条の逋脱罪は申告義務者が物品税の正当なる賦課を免れる意図の下に故意に課税標準価格を偽つて記載した申告書を所轄税務署に提出しその納期が到来した時既遂となり、申告義務者が売上金の一部を秘密帳簿に登載し、或は全部登載を避けるが如き作為不作為の行為はいずれも逋脱に至るまでの対内的準備行為に過ぎないことは幾多判例の存する処である。

而して物品税逋脱罪に対する告発は既遂の状態に達したとき為されて始めて可罰条件が満されるものなること一点の疑を容れざる処本件被告人会社に対する前記(ロ)の行為の告発は未だ既遂状態に達しない昭和二十六年八月一日に為されたことが記録上明白である。従つて右(ロ)に関する被告人会社に対する告発は無効で法律上何等の効力が無いものと謂わねばならない。果して然らば右(ロ)に付き被告人会社に関する限り可罰要件たる告発を欠き無罪の判決言渡が為されなければならないのに原判決は法律の解釈を誤解し事茲に出でず有罪の判決をしたのは明に違法で破毀を免れない。

弁護人岩沢惣一の控訴趣意

第一点原判決には法令の適用に誤りがあり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明かである。

原判決は要するに被告人会社及び島田八十二が昭和二十六年四、五、六月分の嗜好飲料シロツプの移出価格が二百九万三千四百七十六円、課税標準価格百七十四万四千五百六十二円、税額三十四万八千七百九十四円であるのにこれを詐り課税標準価格を二十五万二千三百五円、税額五万四百四十円として申告し以て物品税二十九万八千三百五十四円を逋脱したという事実を認定し、これに対し物品税法第十八条、第二十一条、第二十二条を適用し之を処断したものである。然しながら物品税法第八条第一項は納税義務者である物品の製造者に対し課税標準の申告を命じ、もしその申告が適正ならざる時は同条第三項により政府は自ら相当なりと認める課税標準の額を決定して課税することになつている。ところで右第八条第三項は「政府に於て申告を不相当と認めたるとき」と規定するに止まり、その不相当と認めた時期については何等の制限を加えていないから、不適正な申告により既に物品税を逋脱したる場合たると或いは逋脱せんとした場合たるとを問わず過去及び現在において不適正な申告が存する以上、常に政府の手によつて新たに課税標準額が決定され、その申告の内容を詐つた者は同法第十九条によつて処罰されることとなるのである。蓋し右第十九条は単に「詐りたる者」と規定するに止まりその手段、方法を問わず一切の不正手段を包含するものと解されるからである。論者或いは物品税法第十九条は物品税を不正に免れ又は免れようとした場合でなく他の目的を以て虚偽の申告を行つた場合に適用される一種の秩序罰的な規定であり、虚偽の課税標準の申告の目的が物品税の逋脱にある時は常に同法第十八条によつて処罰されるべきであると主張するかもしれない。ところが同法第八条第一項に適正なる課税標準の申告を命じている以上、これに違背して詐つて申告することは不正な行為であり、物品税は申告に基いて課税するのであるから詐りの申告がなされた以上政府は之に基いて課税すべく、その詐りが是正されぬ限り、物品税は逋脱せられ又は逋脱せらるる危険に置かれることとなる。従つて「申告を詐りたる者」は常に不正行為により故意に物品税を逋脱せんとした者に該当し、常に第十八条により処罰されることになる結果法律が第十八条の外に特に第十九条を設けた趣旨は全く没却されるに至るのである。右の次第であるから物品税法第十八条にいう「詐欺其他の不正行為」とは右第八条第一項の課税標準申告の懈怠及び虚偽の申告以外の不正行為と解釈しなければならぬのは理の当然である。従つて法律は申告の懈怠と虚偽の申告を同列に置いて第十九条により処罰し、申告に基因しない不正行為、例えば第八条第三項の規定に基き政府が課税標準額を決定するに当り不正手段を以て物品税を逋脱し又は逋脱せんとするような場合に、第十八条を適用することとなるのである。ところが原判決の認定事実によれば被告人等は課税標準の申告を詐りよつて物品税を逋脱したというのであるから、原審は宜しく被告人等の所為に対し物品税法第十九条を適用して処断すべきであつたにも拘らず同法第十八条を適用して処断したのは法令の適用を誤つたものである。然るに物品税法第十九条に定むる所定刑は十万円以下の罰金又は科料であつて第十八条に定むる所定刑に比し遥かに軽いのであるから、右法令適用の誤は判決に影響を及ぼすこと極めて明かである。

第二点仮に右の主張に理由がないとしても原判決は量刑不当の違法を犯すもので到然破棄は免れない。

原判決は前述のような事実を認定し、よつて被告人第一食品合資会社を罰金五十万円及び十万円に、同島田八十二を懲役十月に処した。ところで国税犯則取締法第十四条によれば国税局長又は税務署長は間接国税に関する犯則事件の調査により犯則の心証を得た時は、その理由を明示し罰金若くは科料に相当する金額、没収品に該当する物品、徴収金に相当する金額及び書類送達竝びに差押物件の運搬、保管に要した費用を指定の場所に納付すべき旨を通告しなければならぬことになつている。所謂通告処分である。然るに原審における証人高井弘司の供述によれば、旭川税務署長は通告処分をすることなく直ちに旭川地方検察庁に告発の手続をとつたというのである(記録第八十、第三十三丁)。尤も国税犯則取締法第十四条第二項によれば犯則者に通告の旨を履行するの資力なしと認めるときは通告を要しないことになつているし、右高井証人もまた被告人会社が納税資力なしとして通告処分をしなかつたのであると陳弁はしているものの(記録第八十一丁)、告発した金額は三十五、六万円であり、被告人島田八十二も二、三十万円の金額なら納付することが出来るといつた(記録第八十一丁)のであるから必ずしも被告人に納税資力がないわけではなかつたのである。してみると右の通告処分がなかつたことは違法ではないとしても決して妥当な措置ということはできないのである。然も課税標準を詐つて申告したとしても前述のように物品税法第八条第三項によつて申告が不相当なものとして政府においてその課税標準額を決定するのであり、通告処分を受けた納税者でさえ減額折衝の余地がある以上(記録第八十一丁)、当時被告人島田においても不正の申告を修正して正当な申告をすべく調査中で近く申告の仕直しをしようと努力していたのであるから(記録第八十、第九十八丁)、税務署としても敢て告発の手段に訴える必要はなかつたのである。このことは原審における前記高井証人の「被告人会社に対する処分は通常の場合に比し非常に厳格であつた」という趣旨の供述(記録第八十二丁)によつても明瞭に窺われるのである。その上被告人会社は当時社運隆盛であつてどんどんもうかるにも拘らず脱税したというのならばともかく、負債数百万に上り借金のかたにシロツプなどを持つていつて貰うというような状態にあつたのであるから(記録第八十、第九十八、第百一丁)、被告人の本件所為も全くのこまりぬいた挙句の行為として或る程度恕すべき点もあるのではあるまいか。以上のような事情を総合してみると原判決の量刑は何といつても重きに失し破棄を免れないと思量するのである。

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